吉祥寺へ出かける日はいつも雨。
昨日もそうだった。
軽く絞れば水が滴りそうな湿った雲に覆われた街、ビニール傘を手に提げ、三ヶ月ぶりの美容院に向かった。
ロングの髪は好きなほうだけれど、いかんせん髪質が太くて硬い私は綺麗な黒髪を保つことができない。もし綺麗に伸ばせていたら、その髪にパーマをあてたり、染めたりして楽しむことができただろう。
「切らないの?長くない?」
そう、金曜の夜の飲み会で先輩達に言われた。
「そう、周りから重い重いって言われるんです。でも短いのも似合わないし。」
「うん、重いよ。」
「まずはセミロングからやればいいじゃない。」
もうひとりも頷く。
やっぱりそうなんだ。数人が同意するならそうなんだ。周り、と言ったけれどそれは母のこと。てっきり母の趣味を押し付けられているのかと思い頑なに伸ばしていたけれど。
ストレートの女性が女性に髪を切る事を勧めること、に対して前から不信感があった。何か裏があるのかと。
しかし流石に三人に言われたなら。褒められたわけでもないのに、何故かスカッとした。
「なに、長いのが好きなの?」
「いや、そうでも無いですけど......結ぶだけだと楽だし」
変な笑いかたをしながら弁明するように言った。
「たしかにね。洗うのは大変じゃない?」
じーっ。前の二人が私を不思議そうに見つめた。
今にも雨粒が落ちてきそう。
駅から10分強歩き、美容院に到着した。
美容院で渡されたタブレットを眺める時間が好き。
作る気もないくせに読む、料理人の夏のレシピ。
海外の旅行誌。英語の勉強になる。
髪を切り終えると、美容師さんが鏡越しに言った。
「いかがですか?」
思っていた通りだが、やや切りすぎたかもしれない。もはやボブ。でもまたすぐに伸びるだろう。
「軽くなりました。ありがとうございます。」
空白。
「もう、二年前にあてたパーマやカラーの部分は残っていないですか?」
「そうですねー、もう流石に全部切られてますね。」
空白。
「完全に地毛なんですね。またいつか染めようかな」
「ええ。今日切っていて思いましたけど、白髪がちらほら出始めてますね。遺伝と体質なので早い人はもう出てきますので。でもまだ一年、半年レベルでは進まないでしょうし、暫く地毛を楽しむのもありですね。」
白髪はこの半年くらいで急激に増えていることは気づいていたが、聞いてもいないのに唐突に出たワードに、死刑宣告でもされたかのようにドギマギとしてしまった。
この人は嘘はつかないストレートな人なのだ。
そのあと私はカフェに寄って持ってきた本を読んだ。
ふと、今上映されており気になっている映画を思い出し上映館を調べてみると、近くの古い映画館で夕方からやっているようだ。
よし、と決めてフラフラっと軽くなった頭の勢いでチケットを購入した。
表示された料金を見て気がつく。
今日は月初めの1日で、サービスデーなんだね。
しかもちゃんと土曜日の休日。気になっていた映画だし、時間も完璧だ。
たまにはこんなラッキーがあってもいい。
ある日ぺこぺこで入ったたこ焼きチェーンで、女ひとりの一見客だからと侮られ、いつまでも注文したものが来なかったり。
ある日カフェで飲み終えた紅茶のカップの底がじつは茶渋でまっくろだったことに気づいたり。
そういう曇天の雲の隙間からスッと光がさしたような瞬間がもう少しだけあれば、哀しいひとももう少しはあかるく生きのびられるのかもしれぬ。
帰り道、さっき観た映画のサントラを聴きながらふっと思った。